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ほしめぐり-夢と考察の泉-

星のカービィに関する考察と妄想をしていきます。捏造的妄想・雑絵注意

ハルトマン社歌を不穏に解釈考察してみた【カービィ版深夜の真剣考察60分一本勝負】

カービィ版深夜の真剣考察60分一本勝負! 考察

カービィ版深夜の真剣考察60分一本勝負、復活おめでとうございます!!


テスト開催の為、お題はフリー。
と、いう訳で。

作中のハルトマンワークスカンパニー社歌、
銀河に名だたるハルトマン』がどうしても
不穏にしか聞こえない、という思いの丈を
考察を交えつつ、話していこうかと。


当然ながら、この記事では

星のカービィ ロボボプラネットの

致命的なネタバレを含みます。

真かちラスト未視聴の方等は

注意してくださいね。



今回は自分でも「流石にこじつけてるな」って部分まで削らず載せてますので
気楽に1つの可能性、或いはダブルミーニングとして捉えてくださいませ。

まずは歌詞。とりあえず書いてみました。

f:id:kaO10:20160528211803j:image

赤線が最重要項目、
青線が個人的に気になった項目です。

それでは一番から。

『おお 偉大な ハルトマン  永遠に果てなく栄えよ
    おお 偉大な ハルトマン  銀河に名だたる王者よ』
普通にハルトマンを称える内容となっていますね。

気になったのは「銀河に名だたる王者」。
スージーの発言から、この宇宙には他にも会社がある可能性が高いのですが、
「星の夢」の存在により、銀河内での他社を越える「王者」となりうる…
膨張にも聞こえる社歌ですが、あながち間違いは無いのかもしれません。


『星々を 手折り束ねて 全て 捧げてしまえば       皆を 約束の地へと導く 銀河の父よ』

色んな方の話の通り、これは「ノヴァを呼び寄せる手順」を示しているのでしょう。

「手折り束ねる」…手折る(たおる)、というのは花や枝を手で折りとる事を意味するようで、つまり
「星の資源やチカラを摘み取って集め捧げる」
という事になります。
そうなってくるとノヴァを呼ぶ事自体が、星を狩る悪しき行為である可能性も…

それか、星の夢が願いを叶える為のエネルギー充填を指す方が有力でしょうか。どちらにせよ良い行為ではありませんが。

「皆を約束の地へと導く」…これが指すところの意味は、正直よく分かりません。ノヴァの現れる所を意味するならともかく、
約束の地が目標などの概念的な意味を指すならば「銀河の父」はノヴァ、もしくは星の夢という事になってしまいます。



続いて2番。

『おお 輝け ハルトマン  過去に 未来に 現在に     おお 讃えよ ハルトマン  讃え 願えば 叶う』

気になったのは「讃えよ ハルトマン」の部分。

ハルトマンを讃えよ…という意味でしょうが、ラスボスの事を考えてしまい
「ハルトマンよ(星の夢を)讃えよ」
という不穏な解釈がついて回っています。
星の夢を讃え、願えば、叶える為の手順を教えてくれるでしょうから。

『宇宙を舞う 青き翼も  夢歌う 桃色の花も
    心 その身さえ 捧げよ 我らが父へ』
青き翼はメタナイトとローアの、
桃色の花はカービィセクトニアの。
ダブルミーニング説を推しています。
セクトニア(ワールドツリー)との接触はクローンの作成という形で確認出来ていますし、銀河をマタにかけているならローアも視認しているかな、と(憶測にすぎませんが)。
花、というのは作品冒頭等においてカービィが良く蝶に絡まれたり止まられたりするからでしょうか。

そして。「心 その身さえ捧げよ」。
ここでの父は、私はハルトマンを指しては無いと考えています。
そもそもメタナイトの身を改造し、心を捧げさせた(洗脳した)のはマザーコンピューター…もとい星の夢なのです。
ですからカンパニーの大半の社員(=ロボ)にとって「我らが父」は、星の夢と言えるでしょう。


そして(問題の)3番。
『おお 崇めよ ハルトマン 主への絶対の忠誠
    おお 願えよ ハルトマン 黄金の化身を信じて』
ここも、ハルトマンに対して「崇め、願え」と言っているような気がするのです。
そして「主への絶対の忠誠」はイエスマン(ガードロボ)にとってのハルトマンの存在、
或いはハルトマンにとっての星の夢の存在、となるでしょうか。
黄金の化身は「プレジデンバー」か「ノヴァ」になりますが、そもそも「化身」が神仏が実体化したものという意味がありますので、この場合は「ノヴァ」が適しているでしょう。
しかしハルトマンが星の夢を「ノヴァに勝るとも劣らない」と思って(思い込んで)いれば、ここに「星の夢」も当てはまります。ソウルとなってカラーリングがより本物と近しくなりましたし。

『手に入れし 野望儚く 彼方へと 消え行くは記憶
    時を巡る歯車 凝視めて 願うは父よ』
そのまんま過ぎて最早私が考えるまでも無いような。
「カンパニーの発展」というネガイの先にあった筈の「娘に会いたい」という記憶と願いは消え、例え叶っていたとしても、後には虚しさだけが残っていたでしょう。

スージー作詞説をとるならば、時を巡る歯車(順当に考えればノヴァ)に「父」としてのハルトマンを願う…という解釈ができますし、
第三者視点ならば、虚しさを埋める更なる「野望」を求める父…という解釈もできます。


なかなか奥が深いこの曲、
作詞者…熊崎氏による言及が待たれます。